【日本の歴史 飛鳥~奈良時代前期】古代中央集権国家樹立と仏教による鎮護国家へ まとめ
西暦300~500年末期頃、日本では数百にも及ぶ小国家が大和朝廷によって平定された結果、畿内を中心とした中央集権国家の基礎が固められていきました。そして唐を模範とした統治システムが聖徳太子や蘇我氏一門によって日本風に改良され、さらには仏教の普及によって鎮護国家の土台が築かれていきます。国内の政治改革、吹き荒れる権謀術数、海外との戦争、遷都などめまぐるしい時代についてまとめてみました。
【日本の歴史 奈良時代】冠位十二階制定
西暦603年(飛鳥時代)、小墾田宮に移り、役人に冠位を与える「冠位十二階制」が制定されました。また、太秦に広隆寺が建立されました。※645年「大化」が日本で初めての年号のため、この時期にはありません。出典:日本史総合図録,図説日本史,日本百科大事典
【日本の歴史 奈良時代】十七条憲法制定
西暦604年(飛鳥時代)、役人に初めて冠位を与えた上で、役人の 心構えを説いた日本初の成文憲法「十七条憲法」が制定されました。
【日本の歴史 奈良時代】法隆寺建立と小野妹子らを遣隋使として派遣
西暦607年(飛鳥時代)、敬神の詔により法隆寺が建立され、また、小野妹子らを遣隋使として初めて親書を携え、隋帝国に派遣しました。
【日本の歴史 奈良時代】蘇我馬子の死とその子蝦夷が大臣に
西暦626年(飛鳥時代)、中央政権下で絶大な権力を振るっていた蘇我馬子が死に、その子である蝦夷が大臣になりました。また、長雨に よる大飢饉が発生しています。