LEDたくさん

アフターエフェクトで制作
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やりたいことややることはたくさんあるけど、ひどくたいくつしてる
人から楽しそうなことやってるねとよく言われるけどひどく退屈してる
自分が何をしたいのか、何を欲しているのか、明確に見えない、見失ってる
目が見えない、嗅覚が効かない、迷路から出られない
迷走して、アウトプットもあちこちに散財してる気がする
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少し前まで最高のアートだと思ってつくっていたものがいまは退屈なものに見える
この世のすべての人がぼくと同じ感覚に陥った時、需要が一気に高まるのは刺激の強いもの
世の中が停滞すると、刺激の強いアートに需要が偏る傾向にある気がする(統計とったわけじゃないけど)
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アートの競合はアートだけじゃない
すべてのエンターテイメント、旅行、ライブ、体験する全ての事象と同じ土俵に立つことになる
その視点で見ると今やっていることがとても退屈なものに見えてしまう
人が刺激を求めることの良い面は、もっと良いものをつくることができる
悪い面はそれでも満足できないこと
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人間として健全でいちばん幸せなのは、日々の暮らしに満足して過ごすということ
ぼくがフリーランスになる時に目指していたのはそういう暮らし
でも今の時代はそれに完全に逆行していっている
ほとんどのことが受動的にすんでしまいそれに慣れてしまって、日々の生活を楽しむなんてことは少し能動的な思考を使わないといけないので続かない
そのことに抗おうとする人たちは、メディテーションやマインドフルネスなんかのメソッドを使って思考のバランスを保とうとしている
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自分が何をしたいのかを考えていくと、無垢なものを生み出したいという感覚に起因している
それがどこからくるのかと考えてみると、ぼくはアレクセイ・フィヨードロウィチ・カラマーゾフのような存在を生み出したいのだということに行きつく
ドストエフスキーの文章は長くて数ページで書けることを数百ページかけて描くと言われているけど、実際に読んでもそう思う
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でも各作品に織り込まれている独白は驚異的
数ページにわたってトランスした状態で(たぶん)吐露している文章は人間業じゃない
そうしてそのあとで、何万語に散りばめられている言葉たちは無駄ではなかったことに気づく
時間軸を現実とつなげる上でそれらは必要な要素
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物事を極めていく過程は、まず増やし、次に削いでいき、効率を追求したそのあとで、無駄と思えることが必要な要素であることに気づく
無駄が大切
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もう少しで覚醒できそうな気がする
キルアの脳に埋め込まれていたチップがぼくの脳にも埋め込まれているように感じる
それを取り除けば目の前が一気にひらけるような気がする
リミッターを解除したい
またコンマリさんの本に習って部屋を片付けて瞑想しようかな
ってはなし

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